日本社会は少子高齢化がますます進行していますが、1990年代後半から2010年代初頭に生まれた「Z世代」は、デジタルネイティブとして文化のトレンドや消費行動に依然として強い影響力を持ち続けています。現代社会の中でブランドが時代の変化に取り残されずにその存在感を保ち続けるためには、彼らZ世代の「信頼を築く」あるいは「信頼を失う要因」を理解することは非常に重要です。
エデルマンには、ブランドが次世代の消費者を対象とした将来的なビジネスをサポートするために、世界中の250人以上のZ世代メンバーで構成された専任アドバイザリーチーム「Z世代ラボ」が存在しており、このチームによる「Z世代ラボ レポート」の最新版『Gen Z & Grievance: A Generation’s Response to a World Under Threat(Z世代の不満と憤り:変わりゆく時代への応答)』が公開されました。このレポートでは、「グリーバンス(不満や憤り)」という感情が、恐れ、分断、誤情報によって世界的に根深く形成されており、Z世代の考え方や期待に大きな影響を与えていることが明らかとなりました。エデルマン・ジャパンではこのレポートに関するパネルディスカッションを2025年6月に開催し、最新レポートにおけるグローバルの知見が、日本のZ世代にどのように共鳴するのか、また、日本の文化的背景をどのように反映しているのかを掘り下げました。
パネルディスカッションでは、エデルマンのZ世代ラボ APACアンバサダーである土井世梨奈(どい せりな)がモデレーターを務め、デジタルチームのメメティ・エリヨン、そしてZ世代の代表としてブランドチームの安藤百合花(あんどう ゆりか)、PGAチームの松崎 奏星(まつざき かなせ)、コーポレートチームの谷口紀子(たにぐち よしこ)が参加しました。以下に、このパネルディスカッションから導き出された5つの重要なポイントを紹介します。
1. 日本のZ世代が抱える「葛藤」
日本のZ世代は、これまでの世代よりも自己表現に積極的で、社会の常識や既存の価値観に対して異議を唱える姿勢が目立つ一方で、安全保障や政治の不安定さに対する強い不安を抱えています。
『Gen Z & Grievance: A Generation’s Response to a World Under Threat(Z世代の不満と憤り:変わりゆく時代への応答)』レポートによると、世界のZ世代の58%が「自身の不満の感情は中程度以上である」と回答しています。彼らは、政治・経済・制度といった従来のシステムが時代遅れで、不平等であり、自分たちのニーズに応えていないと感じていることが調査からわかりました。こうした背景の中、理想と現実の間で揺れる「葛藤」が、パネルディスカッション全体を通して議論されました。
PGAチームの松崎は、Z世代が感じている葛藤に対し次のように述べています。 「これまでの世代が、資本主義というゲームを生きるための世界を作り上げてきました。でもZ世代は、若いうちからすでに燃え尽きているんです…自分の信念や倫理に反することをしてでも、路頭に迷わないようにしなければならない。そんなディストピアのような現実を生きています」
こうしたZ世代の葛藤だけでなく、将来に対する悲観的な見方は日本全体に広がっています。2025年のエデルマン・トラストバロメーターによると、「次世代の状況は現在よりも良くなる」と信じている人は、わずか36%にとどまっているのです。
現状を変えたいという思いと、既存の社会構造の中で生き抜かなければならないという現実。その狭間で揺れ動く内なる葛藤が、Z世代の生き方に深く影を落としています。コーポレートチームの谷口はこの葛藤について、次のように述べました。
「“君たちは未来だ”と言われますが、私たちは、自分たちが作ったわけでもないルールの中で生きることを強いられているのです」
2. 分断された情報、つながらない社会:Z世代の孤立感
若い世代が政治に無関心だと言われることがありますが、日本のZ世代にとって、政治との距離感は単なる無関心というよりも、必要な情報が十分に届いていないという構造的な課題を反映しているのかもしれません。パネルディスカッションでは、「誤った情報に惑わされているというより、そもそも情報が届いていない」といった声が上がり、政治的な情報の伝達手段に大きなギャップが存在することが示唆されました。Z世代が日常的に利用するデジタルプラットフォームには政府の情報は十分に届いておらず、彼らにとって政府の情報発信は時代にそぐわないと感じることが多いのが現状です。こうした状況が、世代間の認識のずれを助長しているものと考えられます。近年、若年層との接点を求めてSNSを活用する政治家も増えてはいますが、依然として課題は多くあります。Z世代の情報収集は、主に自身の関心やアルゴリズムによって選別されたコンテンツに依存しており、情報の偏在化が避けられません。かつてのテレビ時代のように、政治的メッセージが均等に広範囲へと届く環境は失われつつあり、現在のデジタル社会では、世代全体に対して公平かつ網羅的に情報を届けることが難しくなっています。
3. サードプレイスとしてのサブコミュニティの重要性
日本のZ世代の多くは、従来型の制度や組織の中に帰属意識を求めるのではなく、心のつながりや社会的な安心感を得る「サードプレイス(第三の居場所)」として、サブコミュニティを大切にしています。既存の社会に馴染みにくいと感じている若者にとって、こうしたコミュニティは、自分を素直に表現できる場所であり、共感し合える仲間と出会える安心の場となっています。
『Gen Z & Grievance: A Generation’s Response to a World Under Threat(Z世代の不満と憤り:変わりゆく時代への応答)』レポートでは、次のように指摘されています。
「Z世代は一律の大衆文化に共感しにくくなっており、代わりに、共通の興味・価値観・アイデンティティを軸に構築された、オンライン起点のコミュニティに魅力を感じています」
このようなグローバルトレンドは、日本においても色濃く表れています。従来の世代とは異なり、現在のサブコミュニティの多くは、X(旧Twitter)などのプラットフォーム上でまずオンライン上に形成され、やがて現実の場での交流へと発展していきます。デジタルとリアルを行き来するハイブリッド型のつながりが、若者同士の社会的絆を強める新たなモデルとなっています。
その象徴的な例の一つとして、新宿・歌舞伎町に集う「トー横キッズ」と呼ばれる若者たちが挙げられます。虐待や家庭環境の不安定さから家を離れ、支援の手が届かない状況にある彼らは、SNSを通じて互いに連絡を取り合い、社会の周縁に一時的なコミュニティを形成しています。こうした若者たちにとって、サブコミュニティは単なる居場所ではありません。社会の目が届かない場所で、自らの存在を保ち、生き延びるための手段であり、帰属意識と自己防衛のための重要な場となっているのです。
こうしたコミュニティが拡大・進化を続けるなかで見えてくるのは、Z世代が自分たちの多様な現実や価値観を大切にしながら、誰もが受け入れられる居場所を自らつくろうとしている姿です。こうした場への理解と支援は、Z世代と真に向き合い、心の通った関係を築いていくうえで、欠かせない鍵となります。
4. Z世代が重要視する一貫性のある行動と価値観
自分らしさを大切にし、関心に根ざしたコミュニティの中でつながりを築いてきたZ世代は、ブランドや組織に対しても、より本質的な信頼関係を求めています。もはや、漠然とした約束や洗練されたブランディングだけで信頼を得ることはできません。実際にどう行動しているか、自分たちの価値観とどれだけ重なるか。そうした具体性と一貫性が重視されています。Z世代は、企業が発信するメッセージに対して非常に慎重な視線を向けています。特に、見せかけのように映る取り組みには強い疑念を抱きがちです。環境問題への姿勢を装うグリーンウォッシングや、LGBTQ+支援を表面的に掲げるピンクウォッシング、曖昧な社会貢献の表明など、実際の行動が伴っていなければ、信頼を得ることは難しいと考えられます。
ブランドチームの安藤はこの点について「ブランドが何を語るかではなく、実際に何をしているかが重要です」と率直に述べています。
この考え方は、『Gen Z & Grievance: A Generation’s Response to a World Under Threat(Z世代の不満と憤り:変わりゆく時代への応答)』レポートでも強調されています。Z世代は「言葉よりも行動(receipts over statements)」を大切にしていて、どんな意図を語るかよりも、実際に取られた行動により強い信頼を置いていることが明らかになっています。
Z世代は企業に対して慎重な姿勢を取っていますが、それでも信頼や共感を勝ち取っているブランドも存在します。パネルディスカッションの中では、その好例としてCoachのサブブランド「Coachtopia(コーチトピア)」が紹介されました。このブランドは、親ブランドであるCoachの余った生地を活用し、若年層に向けた手ごろでサステナブルな商品を展開しています。こうした取り組みは、環境への責任、多様性の尊重、そして価格の手に届きやすさといったZ世代が重視する価値観を的確に捉えたものです。この成功事例が示しているのは、ブランドが「目的(パーパス)」を単なるマーケティング要素としてではなく、ビジネスモデルの中核に据えたとき、Z世代はしっかりとその姿勢を受け止めるということです。
このような誠実さへの期待は、就職先選びにも当てはまります。Z世代にとっては、企業のネームバリューや組織の立場よりも、「自分の価値観と合っているか」がより重要な判断基準となっています。
PGAチームの松崎は次のように述べています。 「その会社が、自分の価値観を共有してくれているかどうか、世界をどう見ているのか、自分と近い視点を持っているのか。それが私にとっては大切なんです」
Z世代にとって、倫理観や価値観の一致は、あればうれしい“プラス要素”ではなく、最初から求められる“前提条件”なのです。
こうした信頼関係の変化は、企業に対する信頼が低い日本において特に重要な意味を持ちます。2025年のエデルマン・トラストバロメーターによると、日本でも10人中6人が、企業、政府、富裕層に対して不満と憤りを感じているとされています。このような社会状況の中で、ブランドや組織がZ世代の信頼を得ようとするのであれば、表面的な約束だけでは通用しません。Z世代は、より誠実で持続可能な取り組みを当然のこととして期待し求めているのです。
5. Z世代が感じる苛立ちと、求めている構造そのものの変革
日本のZ世代は社会構造に対して「苛立ち」を感じています。それは完璧を求めているからではなく、変化と前進を期待しているからです。この世代は、気候変動、ジェンダー不平等、経済格差といった複雑な社会課題に、選択ではなく“当事者として向き合わざるを得ない”状況で育ってきました。Z世代は社会から関心や行動を求められてきた一方で、自分たちの声はなかなか届かないと感じています。そうした経験の積み重ねが、「制度は本気で変わろうとしていないのでは」といった、根本的な失望感につながっています。Z世代が本当に求めているのは、形だけの共感ではなく、実際に見えるかたちでの構造的な変化です。とくに重視しているのは「公平性」であり、富の分配における平等性、社会的弱者の声を反映する包摂的な政策、そして長らく放置されてきた社会課題への具体的な行動が、その核心にあります。
コーポレートチームの谷口は次のように述べています。 「私たちが求めているのは、形だけではない実際の変化です。私たち自身の声や、長年にわたって世代を超えて多くの女性たちが抱えてきた声や思いが、きちんと政策に反映されることを願っています。変化は、一部の多数派や富裕層だけに偏るのではなく、より多くの人にとって意味のあるものになってほしいと思います。社会には十分な富や資源があるはずなので、それをいかに公平に分け合えるかが、これからの大きな課題だと感じています」
Z世代は、メッセージそのものよりも、そこに込められた行動や誠実さを見ています。彼らが本当に求めているのは、これまでとは違う、そしてより公正に機能する社会の仕組みです。ブランドや政策立案者、そしてさまざまな組織に求められているのは、Z世代の声にきちんと耳を傾け、行動に移し、その責任を持ち続ける姿勢です。Z世代が求めているのは、単に「席を用意してほしい」ということではありません。彼らは、そもそもそのテーブル自体を、誰もが参加できるかたちでつくり直すことを望んでいるのです。
Z世代の信頼は「行動」で築く:声を受け止める社会へ
エデルマン・ジャパンが実施した『Gen Z & Grievance: A Generation’s Response to a World Under Threat(Z世代の不満と憤り:変わりゆく時代への応答)』レポートに基づくパネルディスカッションでは、社会的環境に影響を受けているZ世代の姿が浮き彫りになりました。彼らは、将来への不安、分断された情報環境、そして時代遅れの制度に対する深い不信感のなかで、自分たちの声が本当に届く社会を求めています。
日本のZ世代は、自分たちの価値観に合った新しい「居場所」を自ら切り拓きながら、企業や制度、政策立案者に対して、より多くの責任と対応を求めています。Z世代からの信頼は、言葉だけでは得られません。一貫性のある行動、価値観に基づいた姿勢、そして目に見えるかたちでの構造的な変化によって、初めて築かれるものです。Z世代は、ただ声を聞いてもらいたいのではなく、自分たちの価値観が反映され、権力やリソースが公平に分配される仕組みを求めています。求めているのは、短期的なアピールではなく、長期的な視点に立った本質的な取り組みなのです。
2025年のエデルマン・トラストバロメーターによると、日本の従業員における雇用主への信頼は、2024年比で3ポイント低下しました。この信頼低下の流れは、特にZ世代に強く影響を及ぼしているとみられます。職場や社会の場において、Z世代は感情的・構造的な孤立を感じやすく、特に階層的で硬直したシステムの中では、自分の存在が無視されている、あるいは「見えていない」と感じることが少なくありません。そうした背景のもと、日本のZ世代は、ただ声を聞いてもらうだけではなく、「本当の意味で受け入れられる」仕組みを、オンライン・オフラインを問わず求めています。
Z世代の信頼を得たいと願うのであれば、大切なのは、彼らの声にしっかり耳を傾け、行動で応え、責任を持ち続けることです。Z世代は、ただ共感されたいわけではありません。自分たちの声が、実際に変化を生み出せるのだと“実感できること”を求めています。いま必要なのは、「どう語りかけるか」ではなく、「どうすれば彼らとともに未来を築いていけるのか」を真剣に考え、共に進むこと。その問いこそが、これからの社会づくりの出発点になるのではないでしょうか。