エデルマンは、戦略的なコミュニケーションと調査を通じてクライアントとの信頼構築を支援するグローバル・コミュニケーション企業です。私たちの活動の中心にあるのが「エデルマン・トラストバロメーター」であり、これは企業、政府、メディア、NGOに対する人々の信頼度を、世界28か国において継続的に追跡する年次調査です。フェイクニュースの氾濫、社会の分断、制度への不信が深まる現代において、「信頼」を理解することは、もはや学術的関心の域にとどまらず、リーダーシップ、政策形成さらには社会を進歩に導く羅針盤となります。

本年、当社は2つの重要な節目を迎えました。ひとつはトラストバロメーター発表から25周年、もうひとつはエデルマン日本法人設立20周年です。これらの節目は、社会的信頼の再構築という共通責任に思いを巡らせる絶好の機会となります。

今年の調査結果は、リーダーの皆様にとって時宜を得た、かつ喫緊の課題を示唆するものです。社会全体が深い自問と制度疲労に直面するいま、トラストバロメーターは、信頼の基盤が大きく揺らいでいる現実と、その再生にはリーダーシップの連携の必要性を明示しています。


岐路に立つ日本 

日本における信頼の構造は、長年の構造的課題と足下の政治的変化により形成されています。2025年版エデルマン・トラストバロメーターでは、日本の回答者の65%が「制度は一般市民よりも一部エリートの利益を優先している」と回答しており、この不満度は世界平均を上回っています。そして、日本は調査対象28か国の中で、信頼度において最下位という厳しい状況にあります。

この結果は、昨今の政治情勢と深く関連しています。直近の国政選挙では、自民党が大幅に議席を減らした一方、特に「参政党」をはじめとするポピュリズム勢力が台頭しました。かつては周縁的と見なされていた参政党は、自民党政治への不満、高まる経済的不安、そして政府の透明性に対する不信を背景に、有権者の共感を獲得しました。その主張は、まさにトラストバロメーターが示す社会的分断の実態を反映しています。

この危機は政治的現象にとどまらず、世代をまたいだ心理的問題でもあります。「次の世代は今よりも良い暮らしができる」と信じる日本人はわずか14%にとどまり、これは日本が世界で最も悲観的な国のひとつであることを示しています。特に若年層においては、偽情報の拡散や器物損壊といった過激な手段を「正当な変革手段」と捉える傾向すら見受けられます。このような急進的姿勢は、不信と失望から生まれたものであり、日本の市民的対話の基盤や、長年築かれてきた社会的結束を揺るがす危険を孕んでいます。


ビジネスの使命―しかし単独では困難 

こうした社会的混迷の中で、比較的信頼を保っているのが「企業」です。日本における企業への信頼度は48%と、依然として世界平均を下回るものの、トラストバロメーターにおける4つの主要組織の中で最も信頼されています。さらに注目すべきは、日本人回答者の64%が「自分の勤務先を信頼している」と答えており、これは全ての調査対象の中で唯一、実質的な「信頼関係」が存在しているという点です。

この結果は、企業の社会的役割が拡張していることを示唆しています。雇用主は、もはや経済的存在にとどまらず、社会的な信頼の錨へと変化しています。従業員は企業に対し、安定かつ公正な雇用の確保、変化する経済環境への適応を促す再教育の機会、更には重要な社会課題に対する明確な姿勢表明を期待しています。CEOには、その期待に応える「行動責任」と「発言の正当性」が求められています。

しかし、信頼の再構築は、企業単独で成し遂げられるものではありません。


信頼の再構築:共に担う責任 

信頼の再構築には、多様なセクターが連携し、共通の使命感を持って臨む必要があります。なかでもメディアに対する不信は深刻で、日本人回答者の64%が「ジャーナリストや報道機関は意図的に国民を誤導している」と考えています。この信頼喪失は、報道の本質的機能を揺るがし、健全な民主的対話を支える情報共有の基盤を脅かします。

政府もまた、自らが信頼低下を招いてきた構造的要因と真摯に向き合う必要があります。長期にわたる経済停滞、場当たり的政策運営そして人口問題への対応の遅れは、国民に根深いシニシズムを生み出しました。直近の選挙結果は、まさにその不満が可視化されたものです。今後、国家のリーダーは透明性と迅速な対応、そして改革への強いコミットメントをもって国民の信頼を取り戻さなければなりません。

企業に次いで日本で信頼を得ているのはNGOです。市民と政策の橋渡し役として、地域社会の声を政策提言や行動につなげる役割を果たすことが可能です。地域社会との連携と価値観の一致を明確に示すことで、その信頼をさらに深めることが可能となります。


共通の鍵:思いやりという力 

すべてのステークホルダーに共通するのは、「共感」と「思いやり」の重要性です。国民のニーズや懸念に寄り添い、真摯に応えようとする姿勢を示す組織は、より高い信頼を獲得しています。複雑な制度と多様な言説があふれる現代において、「共感」と「傾聴」は単なる美徳ではなく、必須要素となっています。


リーダーへのメッセージ 

今回の調査結果は、警鐘であると同時に、未来への行動を促す呼びかけでもあります。エデルマン・トラストバロメーターは、単なる世論調査ではなく、混迷の時代における正統性回復のための「道しるべ」であり、私たちに新たなリーダー像を示しています。リーダーとは、命令するための地位ではなく、理解・奉仕・共通責任を果たすことだ、と。